大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(行ケ)223号 判決

アメリカ合衆国イリノイ州60196、シャンバーグ、

イー・アルゴンクィン・ロード、1303番

原告

モトローラ・インコーポレーテッド

代表者

ビンセント・ジェイ・ラウナー

訴訟代理人弁理士

大貫進介

本城雅則

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

松尾浩太郎

高橋英生

奥村寿一

田辺秀三

主文

特許庁が昭和60年審判第20231号事件について平成1年5月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1978年9月5日付けでアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年8月24日、名称を「リセットによるプログラマブル・モード選択回路」(後に「マイクロプロセッサ」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたが、昭和60年5月29日に拒絶査定を受けたので、同年10月14日に審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和60年審判第20231号事件として審理し、昭和63年4月18日に出願公告したが、同年7月18日に特許異議の申立てがあり、平成1年5月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  本願発明の要旨

モード選択信号発生器100により選択された複数のモードのうちの1つのモードにて動作可能なデータプロセッサであり、

該データプロセッサは、

リセット端子98に印加されたリセット信号に応答してデータプロセッサをリセットするリセット回路106と、

印加されるモード選択信号をストアするストレージ回路4と、

ストレージ回路にストアされたモード選択信号により指定される複数の動作モードのうちの1つを選択するモード選択回路202と、

を具え、

モード選択信号発生器100は、前記リセット端子98に印加されるリセット信号の印加時に入出力端子6を経由して前記ストレージ回路4に前記モード選択信号を印加するものであり、

ストレージ回路4は、前記リセット信号に応答して前記モード選択信号をストアするものであり、

データプロセッサは、リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて、前記入出力端子6を通常の入出力端子として使用させることを特徴とするデータプロセッサ。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願の優先権主張日前の出願であって、本願の出願後に出願公開された特願昭53-71190号(特開昭54-161860号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という。)には、〈1〉 「ワンチップ・マイクロ・コンピュータをリセット状態に置くリセット信号端子、該リセット信号端子によって上記ワンチップ・マイクロ・コンピュータがリセット状態に置かれている間に予め定められた少なくとも1つの信号端子に外部からテスト信号が印加されたことによってセット状態に置かれるテスト・モード・フリップ・フロップ、および該テスト・モード・フリップ・フロップがセットされた状態のもとで上記リセット信号端子のリセット信号の有無と上記テスト信号の有無との組合わせによってテスト種類を判定するテスト・モード制御部をもうけ、該テスト・モード制御部によって実行されるべきテストを行なうようにしたこと」(上記公報第5欄20行ないし第6欄12行)、

〈2〉 「またRESETはリセット信号であって論理「0」のときワンチップ・マイクロ・コンピュータ1がリセット状態に置かれるもの、TESTはテスト信号であって信号RESETが論理「0」の状態にあるもとで論理「0」とされたときワンチップ・マイクロ・コンピュータ1がテスト・モードに置かれるものを表わしている。信号RESETはワンチップ・マイクロ・コンピュータ1にリセット信号端子として用意された端子に供給するようにされ、一方信号TESTは例えば入出力ポート15上に存在する1つまたは複数個の任意の端子に信号を与えることによってワンチップ・マイクロ・コンピュータ内でつくられる」(同第9欄7行ないし19行)こと、

〈3〉 「ワンチップ・マイクロ・コンピュータ1が稼働状態にある場合、上記リセット信号RESETは論理「1」にセットされる。この点を逆に利用して、第2図図示の場合、ワンチップ・マイクロ・コンピュータ1が非稼働状態即ち信号RESETが論理「0」にある間に、上記信号TESTを論理「0」につくることによってテスト・モードを与えるようにしている。第3図(A)は第1のテスト・モード(マスクROMの内容ダンプ)をつくる状態を説明している。即ち、信号RESETが論理「0」にある間に信号TESTが論理「0」とされるとき、第2図図示のノア回路19-1が論理「1」を出力し、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされる。そして該フリップ・フロップ17がセットされたままの状態で信号TESTが論理「1」にされることなく信号RESETが論理「1」とされるとき、第2図図示のテスト・モード制御部16はマスクROMダンプのモードに置かれる。第3図(B)は第2のテスト・モード(外部インストラクション印加)をつくる状態を説明している。即ち、上記第3図(A)の如く一旦マスクR0Mダンプのモードにした後に信号TESTが論理「1」にされるとき、第2図図示のテスト・モード制御部16は外部インストラクション印加のモードに置かれる。また上記第3図(A)や(B)図示のテスト・モード状態をクリヤする場合、第3図(C)図示の如く信号RESETを一旦論理「0」におき、この間に信号TESTが論理「1」の状態をつくり、次いで信号TESTが論理「1」の状態のままで信号RESETを論理「1」にするようにする。このようにすることによって、第2図図示のノア回路19-2が論理「1」を発し、フリップ・フロップ17をリセットする。」(同第9欄20行ないし第11欄11行)こと、

がそれぞれ記載されており、上記先願明細書には上記〈1〉ないし〈3〉からなる発明が記載されている。(別紙図面2参照)

(3)  そこで、本願発明と先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)とを対比する。

〈1〉 本願発明の「モード選択信号発生器により選択された複数のモードのうちの1つのモードにて動作可能なデータプロセッサ」は、先願明細書に、テストモード制御部により、稼働状態のモードとテスト・モードのうちの1つのモードにて動作可能なワンチップ・マイクロ・コンピユータとして記載されている。

〈2〉 本願発明の「リセット端子に印加されたリセット信号に応答してデータプロセッサをリセットするリセット回路」は、先願明細書に、ワンチップ・マイクロ・コンピュータをリセット状態に置くリセット信号端子、及び信号RESETが論理「0」にある間、ワンチップ・マイクロ・コンピュータが非稼働状態にあることとして記載されている。

〈3〉 本願発明の「印加されるモード選択信号をストアするストレージ回路」は、先願明細書に、信号RESETが論理「0」にある間に信号TESTが論理「0」とされるとき、ノア回路19-1が論理「1」を出力し、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされることとして記載されている。

〈4〉 本願発明の「ストレージ回路にストアされたモード選択信号により指定される複数の動作モードのうちの1つを選択するモード選択回路」は、先願明細書に、テスト・モード・フリップ・フロップ17のセット出力が印加されるテストモード制御部16として記載されている。

〈5〉 本願発明の「モード選択信号発生器は、リセット端子に印加されるリセット信号の印加時に入出力端子を経由してストレージ回路にモード選択信号を印加する」ことは、先願明細書に、信号TESTは入出力ポート15上に存在する1つまたは複数個の任意の端子に信号を与えることによってワンチップ・マイクロ・コンピュータ内でつくられること、及び信号RESETが論理「0」にある間に信号TESTが論理「0」とされるとき、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされることとして記載されている。

〈6〉 本願発明の「ストレージ回路は、リセット信号に応答してモード選択信号をストアする」ことは、先願明細書に、信号RESETが論理「0」にある間に信号TESTが論理「0」とされるとき、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされることとして記載されている。

〈7〉 モード選択信号が経由される入出力端子に関して、本願発明は、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用させるのに対して、先願明細書には、入出力ポート15上の任意の端子に信号を与えて、信号TEST(モード選択信号と同義)を作る旨の記載はあるものの、その端子がリセット期間終了後に通常の端子として使用されることが明記されていない点で一応相違し、本願発明と先願発明は、その余の点で一致するものと認められる。

(4)  つぎに、上記相違点について検討する。

先願明細書の記載事項をさらに検討してみると、入出力ポート15上の任意の端子に信号を与えて、信号TESTを作る旨の記載から、入出力ポート15上の端子にモード選択信号が供給され、その端子を経由してモード選択信号が取り込まれることは明らかである。また、先願明細書の図面第2図及び前記(2)、〈3〉項に記載された事項からみて、モード選択信号をストアするテスト・モード・フリップ・フロップ17は、リセット信号RESETが論理「0」のタイミングの時のみセットあるいはリセットされるものであり、ワンチップ・マイクロ・コンピュータがリセット期間終了後である稼働状態、すなわちリセット信号RESETが論理「1」の時は、ノアゲート19-1、19-2の出力は信号TESTの論理レベルにもかかわらず、論理「0」を維持するから、テスト・モード・フリップ・フロップ17の状態は変化しないこと、及び「外部装置との間でのデータ送受は入出力ポート15を介して行なわれる」(前記公報第8欄3行、4行)との記載を総合して勘案するに、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でも良い、すなわち信号TESTを作るために入出力ポート15上の端子に加える信号のレベルはいかようであっても良く、入出力ポート15上の端子は稼働状態においてデータの送受に用いられるものであって、入出力ポート15上に信号TESTを作るための専用の端子を設けるべき理由も発見できないから、先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子を、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用しているものと十分認めることができる。

(5)  したがって、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも本願発明が先願明細書記載の発明者と同一であるとも、また本願出願時において、その出願人が先願明細書記載の発明に係る出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認ある。同(3)〈2〉、〈3〉は認める。同(3)〈1〉、〈4〉、〈5〉、〈6〉は争う。同(3)〈7〉のうち、「モード選択信号と同義」の部分及び本願発明と先願発明は、その余の点で一致するとの部分は争い、その余は認ある。同(4)は争う。同(5)のうち、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一ではなく、また本願出願時において、その出願人が先願発明の出願人と同一でもないことは認めるが、その余は争う。

審決は、特許法159条2項、50条に違反し、かつ、本願発明と先願発明とを対比判断するに当たり、先願発明の技術内容を誤認し、また両発明の相違点を看過して、本願発明は先願発明と同一と誤って認定、判断したものであるから、違法である。

(1)  特許法159条2項、50条違反(取消事由1)

特許異議申立ての理由と異なる理由により拒絶審決をする場合には、審判官は出願人に対し、改めて拒絶理由を通知して意見を述べる機会を与えるべきであるところ、以下述べるとおり、特許異議申立ての理由と審決の理由とが実質的に異なっているにもかかわらず、この手続が履践されなかったものであるから、審決は、特許法159条2項により準用される同法50条に違反する。

〈1〉 本願発明の構成要素である「モード選択信号発生器100」について、特許異議申立ての理由においては先願発明の「ノア回路19-1、19-2」に相当するものとされているのに対し、審決の理由においては「テストモード制御部16」に相当するものとして対比されている。しかし、「ノア回路19-1、19-2」と「テストモード制御部16」とは、甲第4号証(先願発明に係る特開昭54-161860号公報)の第2図からも明らかなように、機能を異にする全く別異の部材である。

〈2〉 本願発明の構成要素である「リセット回路106」、及び本願発明の特徴である「リセット端子98に印加されるリセット信号の印加時に入出力端子6を経由してストレージ回路4にモード選択信号を印加するもの」、「リセット信号に応答してモード選択信号をストアするもの」について、特許異議申立ての理由では先願発明との対比がなされていなかったが、審決の理由において初めて前記のとおりの対比関係が説明されている。

〈3〉 特許異議申立ての理由では本願発明は先願発明と同一であると主張されていたのに対し、審決は、両発明は同一ではなく相違点があることを認めた上で相違点について検討し、拒絶の結論を導いた点で、特許異議申立ての理由と審決の理由とは大きく異なっている。本願発明は先願発明と同一であるとする特許異議申立ての理由に反論するためには、原告としては、両発明には相違点があるということのみを示せば十分であったが、審決のいうように相違点があるというのであれば、原告に対し当然反論の機会を与えるべきである。

〈4〉 以上のとおり、特許異議申立ての理由と審決の理由とでは、適用した根拠条文(特許法29条の2)及び引用した証拠こそ同じであるが、本願発明と先願発明とが同一であるとするに至った理由においては実質的に相違しているものというべきである。

(2)  先願発明の技術内容についての誤認(取消事由2)

審決は、その摘示に係る本願発明と先願発明との相違点を検討するに当たり、先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子を、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用しているものと認定しているが、誤りである。

〈1〉 本願発明の特許請求の範囲には、「リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて、前記入出力端子6を通常の入出力端子として使用させる」ことが明記されており、本願発明の入出力端子6は、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用されるという構成をとっている。そして、本願発明によれば、データプロセッサにユーザの各種の用途に適する汎用性を持たせるために複数の動作モードの中から1つの動作モードをユーザが任意選択できるようにするという技術的課題を解決しつつ、しかも、モード選択信号をデータプロセッサに供給するための端子としてモード選択信号専用端子(ピン)を増設するということをせずに、通常の入出力端子をリセット期間中のみ借用する構成をとったので、余分なパッケージピンを必要としないという特段の効果が得られる。

したがって、本願発明における「通常の入出力端子としての使用」とは、モード選択信号を含まない通常のデータ信号の入出力に使用するという意味である。このことは、本願発明の対象であるデータプロセッサの本来の使用目的がデータの処理(プロセス)をする装置であることからも当然であるが、上述したように本願発明の一目的が端子を共有してピン数を増やさないことにあることからも、リセット期間終了後は入出力端子6をモード選択信号用ではなく通常のデータ信号の入出力用に用いることは明らかである。

〈2〉 これに対し、先願明細書には、入出力ポート15上の信号TEST用の端子がリセット期間終了後に通常の入出力端子として使用されることは記載されていない。先願明細書には、「マイクロ・コンピュータの製造時に(メーカが)チェック」(甲第4号証第8欄9行ないし12行)し、その後「ユーザの手もとに引渡された状態のもとで勝手に上記テスト・モードが設定されることを厳密に禁止する」(同第14欄17行ないし20行)と記載され、「厳密に禁止する場合とは、第2図図示の信号TESTを上記テストの後に固定的に論理「1」にする方策をとればよい。」(同第14欄19行ないし15欄2行)と記載されていることからも明らかなように、先願発明は信号TEST端子を通常の入出力端子として使用することを全く予定していない。また、先願明細書には、「上記第3図(A)の如く一旦マスクROMダンプのモードにした後に信号TESTが論理「1」にされるとき、第2図図示のテスト・モード制御部16は外部インストラクション印加のモードに置かれる。」(甲第4号証第10欄末行ないし第11欄3行)と記載されているように、先願発明においては、リセット期間終了後であっても信号TESTの変化によってテスト・モードが変更されるのである。このことは、先願明細書第3図(B)のタイミングチャートにおいても、信号RESETが論理「0」から論理「1」へ変化した後(すなわち、リセット期間終了後)に、信号TESTが論理「1」に設定された結果、外部インストラクション印加のモードに変更されることが明示されている。マスクROMダンプのモードから外部インストラクション印加のモードへの変更は明らかにモード変更でみる。このモード変更をもたらす信号は通常のデータ信号ではなく、モード選択信号である。したがって、信号TESTはモード選択信号であるので、リセット期間終了後も信号TEST端子を通常ではない使用法として用いている。仮に、信号TEST端子が通常の入出力端子として用いている端子と同義であるとすると、信号TEST端子に入力される通常のデータ信号によって動作モードが不用意に変更されてしまい、データプロセッサはユーザが所望していない異常な動作を実行する結果となる。

以上のとおり、先願発明においては、リセット期間終了後は信号TEST端子を通常の入出力端子として使用していない。

〈3〉 審決は、先願発明について、「リセット信号RESETが論理「1」の時は、ノアゲート19-1、19-2の出力は信号TESTの論理レベルにかかわらず、論理「0」を維持するから、テスト・モード・フリップ・フロップ17の状態は変化しないこと、及び『外部装置との間でのデータ送受は入出力ポート15を介して行なわれる』(甲第4号証第8欄3行、4行)との記載を総合して勘案するに、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でも良い」と方ているが、この判断は誤りである。確かに、入出力ポート15内の端子のうち信号TEST端子以外のいずれかの端子を介してデータ送受が行われるであろうが、先願明細書には信号TEST端子がデータ送受に用いられるとは記載も示唆もされていない。先願明細書第2図に示されるように、信号TESTは、ノア回路19-1、19-2に入力されるとともに、テスト・モード制御部16にも直接に入力される。リセット期間終了後においても、すなわちリセット信号RESETが論理「1」の時においても、テスト・モード・フリップ・フロップ17の状態の如何にかかわらず、テスト・モード制御部16は、信号TESTから直接入力を受けているので、信号TESTが論理「0」から「1」に変化した時に、マスクROMダンプのモードから外部インストラクション印加のモードに変化するのである。

(3)  相違点の看過(取消事由3)

〈1〉 審決は、本願発明に係るデータプロセッサはリセット期間終了後は動作モード不変であるのに対し、先願発明はリセット期間終了後においてもモード変更可能であるという相違点を看過した。

本願発明の特許請求の範囲には、「リセット信号の印加時に・・・前記ストレージ回路4に前記モード選択信号を印加する」構成、及び「データプロセッサは、リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて・・・使用させる」構成が明記されている。このため、本願発明のデータプロセッサは、どの動作モードを選択すべきかをリセット期間中にあらかじめ決定し、リセット期間終了後はその決定された動作モードにて動作し、その決定された動作モードはリセット期間終了後は不変である。これは、ユーザ向けの動作モード選択機能をもたらすという本願発明の技術的課題を達成するために必須の構成である。リセット期間終了後、すなわち通常の動作時においては、動作モードが変わらないので、ユーザは安心して入出力端子6を通常の入出力端子として用いながらプロセッサを通常動作させることができるという、先願発明では得られない効果が得られる。

これに対し、先願明細書には、「第3図(A)の如く一旦マスクROMダンプのモードした(リセット期間終了)後に信号TESTが論理「1」にされるとき・・・外部インストラクション印加のモードに置かれる」(甲第4号証第10欄末行ないし第11欄3行及び第3図(B))と記載、図示されているように、先願発明は、リセット期間終了後においても、信号TESTの変化によってマスクROMダンプのモードから外部インストラクション印加のモードへとモード変更される点において、本願発明と相違する。

〈2〉 審決は、本願発明ではモード選択信号はすべてストレージ回路にストアされるのに対し、先願発明ではストレージ回路に相当するテスト・モード・フリップ・フロップ17にストアされない信号TESTが直接に制御部16に入力して、モード選択信号として用いるという相違点を看過した。

本願発明の特許請求の範囲に「ストレージ回路にストアされたモード選択信号により指定される複数の動作モードのうちの1つを選択する」構成及び「ストレージ回路4は、前記リセット信号に応答して前記モード選択信号をストアする」構成が記載されているとおり、本願発明のモード選択信号はリセット期間中にすべてストレージ回路にストアされ、そのストアされたモード選択信号に応じて動作モードが変更される。

これに対し、先願発明では、テスト・モード・フリップ・フロップ17からのセット出力に加え、信号TEST端子から直接入力されている信号に応じてモード変更される。マスクROMダンプのモードから外部インスドラクション印加のモードへの変更はモード変更であり、このモード変更をもたらす信号TEST端子からの信号はモード選択信号である。

したがって、先願発明は、ストレージ回路に当たるテスト・モード・フリップ・フロップ17にストアされていないモード選択信号(信号TEST)によりモードが変更される点において、本願発明と相違する。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2(1)  取消事由1について

特許異議申立て及び審決において、本願発明は特許を受けることができないとした根拠条文及び引用した証拠(甲第4号証と内容同一の先願明細書)は同じであり、しかも審決は、この証拠に記載されている事項に基づいて判断しているのであって、特許異議申立ての理由と異なっていない。そして、審決において適用した根拠条文及び証拠については、審決に先立って原告に対し、本願発明と先願発明とが同一である旨の記載のある特許異議申立書・特許異議申立補充書各副本及び甲第4号証を送付し、相当の期間を指定して答弁書提出の機会を与えたところ、原告は答弁書を提出し、先願発明について意見を述べるとともに、願書に添付した明細書について補正を行っている。すなわち、原告には、本願発明の構成と先願発明の構成との対比関係を検討するに必要な根拠条文及び証拠が十分知らされており、審決に記載したような対比関係についても十分検討する機会が与えられていたのである。

したがって、対比関係が異なっていたとしても、根拠条文及び証拠が同一であり、理由も実質的に異ならない本件において、改めて拒絶理由を通知して意見を述べる機会を与えなければならない理由はないから、審決に特許法159条2項で準用する同法50条に違反するところはない。

(2)  取消事由2について

先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子(入出力ポート15上の端子)を、リセット期間終了後も通常の入出力端子として使用しているとした審決の認定に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

〈1〉 まず、先願明細書に記載されたデータプロセッサのモード相互の関係は次のとおりである。すなわち、

先願明細書には、信号RESETを「0」として非稼働状態、「1」として稼働状態が選択できること、テスト・モード・フリップ・フロップをセットしてテスト・モード・リセットして通常動作モードが選択できること、テスト・モードに設定し、信号RESETを「1」とした後、信号TESTが「0」のときマスクROMダンプモード、さらに信号TESTを「1」として外部インストラクション印加のモードが選択できることが記載されている(甲第4号証第9欄10行ないし第11欄11行)。すなわち、先願明細書には、信号RESETの状態をモード選択手段として用いて、非稼働状態、稼働状態のうちの1つを選択すること、及びテスト・モード・フリップ・フロップの状態をモード選択手段として用いてテスト・モード、通常動作モードのうちの1つのモードを選択することが明確に記載されているとともに、テスト・モード状態時に信号RESETを立ち上げた後、信号TESTの状態をモード選択手段として用いて、マスクROMダンプモードと外部インストラクション印加のモードとのうちの1つのモードを選択することが十分記載されている。このように、先願発明はそれぞれ異なる独立したモード選択手段を3種類有している。

次に、これら3種類のモード選択手段でモードを選択する過程は次のとおりである。すなわち、

稼働状態は、テスト・モードと通常動作モードに展開され、さらにテスト・モードは、マスクROMダンプモードと外部インストラクション印加のモードに展開される。そして、信号RESETの状態をモード選択手段として用いた場合、非稼働状態、稼働状態のうちの1つしか選択することができず(第1ステップ)、テスト・モード・フリップ・フロップの状態をモード選択手段として用いた場合は、テスト・モード、通常動作モードのうちの1つのモードしか選択することができず(第2ステップ)、またテスト・モード状態時に信号RESETを立ち上げた後の、信号TESTの状態をモード選択手段として用いた場合は、マスクROMダンプモード、外部インストラクション印加のモードのうちの1つのモードしか選択することができない(第3ステップ)。

ここで、信号TESTに着目してみると、信号TESTはテスト・モード・フリップ・フロップの状態を定めて第2ステップのモードのいずれか1つを選択する信号であるとともに、第3ステップのモードのいずれか1つを選択する信号であるゆら、信号TESTを印加する入出力ポートは、第2ステップのモードを選択するための専用端子ではなく、兼用して使用されているため、余分なパッケージピンを必要としないのである。

一方、本願発明におけるモードは、本願明細書にはモードの種類について明確に記載されていないが、データプロセッサの状態は、リセット状態である非稼働状態と稼働状態に分けられるであろう(第1ステップ)。さらに、稼働状態のモードは複数の動作モードに分けられるものとする(第2ステップ)。

このように、本願発明ではモードは第2ステップまでしか展開されていないが、先願発明に係るデータプロセッサにおいては第3ステップまで展開されており、しかも本願発明の第1ステップ、第2ステップは、先願発明の第1ステップ、第2ステップにそれぞれ相当している。

したがって、本願発明と同一の発明が、先願明細書に記載されているか否かを判断するに当たっては、本願発明の第1ステップ及び第2ステップに関する構成と、先願明細書に記載された第1ステップ及び第2ステップに関する構成とを対比判断すればよいことになる。

〈2〉 次に、「通常の入出力端子として使用させる」の意味は次のとおりである。すなわち、

入出力端子とは、データプロセッサと外部との間で信号を授受するのに用いる端子のことであり、入出力端子は単に信号を入力あるいは出力するだけの機能しか持っておらず、入出力端子で信号を区別することはできないのであるから、入出力端子を通常の入出力端子として使用するということは、いかなる信号であれ、入出力端子に信号を入力することや、入出力端子から信号を出力するということなのであって、これら入出力端子の使用態様は一般的な意味の通常の使用となるわけである。すなわち、入出力端子のいろいろな使用態様、例えば入力専用端子、出力専用端子あるいは特定の専用端子として入出力端子を用いることは、すべて入出力端子を通常に使用していることなのである。

そうすると、本願発明の特許請求の範囲には入出力端子に関して、「リセット信号の印加時に入出力端子を経由して・・・モード選択信号を印加する」、「リセット期間終了後は・・・通常の入出力端子として使用させる」と記載されているにすぎないから、この記載はリセット期間に入出力端子に印加された信号に限って、第2ステップのモードの1つを選択するモード選択信号として取り扱うとともに、このように取り扱う使用態様を通常ではない入出力端子の使用としているものと解釈できる。すなわち、第1ステップのモード時においてリセット期間のみ入出力端子をモード選択信号を印加する端子として使用し、リセット期間終了後(第2ステップのモード時)はあらゆる信号の授受に用いる端子として使用する態様を、「通常の入出力端子として使用させる」として本願発明の特許請求の範囲では表現しているのであって、この特許請求の範囲の部分で、選択された第2のステップのモードにおける入出力端子の使用態様を特定しているのではないのである。

なお、リセット期間終了後である第2ステップのモード時に入出力端子を、あらゆる信号の授受に用いる端子として使用されるとした理由は次のとおりである。

本願発明における第2ステップのモードとはどのようなモードであるのかの説明、さらには第2ステップのモード時の入出力端子の使用態様についての説明は、何ら本願明細書ではなされていないが、いずれにしても、入出力端子は上記で述べたような使用態様の1つとして使用するほかなく、リセット期間終了後に入出力端子をどんな形にせよ使用することは、上記で述べたように通常の使用にほかならないのであるから、本願発明において第2ステップのモードの1つで入出力端子を使用するときは、通常の入出力端子の使用、つまりあらゆる信号の授受に用いる端子として使用することになるわけである。

〈3〉 そこで、先願発明において、リセット期間終了後、入出力ポートの端子を通常の入出力端子として使用しているか否かにつき検討する。

先願発明において、リセット期間終了後とは第2ステップのモードに設定された後であるから、通常動作モードあるいはテスト・モードに設定されたときである。通常動作モードに設定されたときは、入出力ポートは通常の入出力端子として使用されるのであって、この場合の入出力ポートの端子は兼用されているから、余分なパッケージピンを必要としないことは当然のことである。また、テスト・モードに設定されたときは、先願明細書に記載されたマスクROMダンプモードにおいて、入出力ポートの端子を外部インストラクション印加のモードとの切換えに用いているが、この切換えは第3ステップのモードの切換えであって、第2ステップのモードを選択することを目的とする使用態様ではなく、リセット期間中の使用態様でもないから、このような使用態様を通常ではない入出力端子の使用態様とすることはできない。そして、このような使用態様は入出力端子を、入力専用端子あるいは特定の専用端子として使用しているにすぎないから、マスクROMダンプモードにおける入出力ポートの使用態様は通常の入出力端子としての使用態様にほかならない。

このように、先願発明は、リセット期間終了後、入出力ポートの端子を通常の入出力端子として使用しているのである。

なお、先願明細書には信号TESTのみを印加する信号TEST端子が設けられていることは記載されておらず、先願明細書には「信号TESTは例えば入出力ポート15上に存在する1つまたは複数の任意の端子に信号を与えることによってワンチップ・マイクロ・コンピュータ内でつくられる。」(甲第4号証第9欄16行ないし19行)と記載されているだけであるから、信号TESTを固定的に論理「1」とするのに入出力ポート上の端子の論理を固定する必要はなく、ワンチップ・マイクロ・コンピュータ内で信号TESTを論理「1」に固定すればよいのであり、さらに上記のように信号TESTを印加する入出力ポートの端子は兼用されていることを考慮すれば、該端子を(第2ステップの)モード選択信号専用端子と解釈することは到底できないから、先願発明は信号TEST端子を通常の入出力端子として使用することを予定していなく、信号TEST端子はモード専用端子と解すべきである旨の原告の主張は誤りである。

〈4〉 審決において、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でもよいとした理由は、第1にリセット期間終了後は信号TESTの論理レベルにかかわらず第2ステップのモードが変化しないことであり、第2に本願発明と同一の発明が先願明細書に記載されているか否か対比検討するには、本願発明のモードが第3ステップまで展開されていることが明らかでないことから、第2ステップまでのモードにつき対比検討すればよいからである。この点につきさらに説明すると、先願発明において、第2ステップのモードとして通常動作モードあるいはテスト・モードのうちのいずれのモードが選択されても、リセット期間終了後はノア回路19-1、ノア回路19-2は閉じてしまうので、入出力ポート15上の端子に加える信号のレベルはいかようであっても、テスト・モード・フリップ・フロップ17の状態は変化せず、選択されたモードは維持されるのである。したがって、信号TESTの論理レベルは「0」でも、「1」でもよいのである。

また、本願明細書には第2ステップのモードまで展開されることは記載されているものの、第3ステップのモードに展開されることは記載されておらず、たとえ展開されているとしても入出力端子をいかに使用して第3ステップのモードを選択しているのか記載されていないのであるから、先願発明のROMダンプモード時の入出力ポートの使用態様と対比すべき本願発明の入出力端子の使用態様が明らかでなく、両者を対比することができないのである。

したがって、本願発明と同一の発明が先願明細書に記載されているか否かを対比判断するに当たっては、第2ステップのモードまでしか対比できないのであるから、リセット期間終了後の信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でもよいのである。

(3)  取消事由3について

〈1〉 本願発明の特許請求の範囲には、「リセット信号の印加時に・・・ストレージ回路4に前記モード選択信号を印加する」、「データプロセッサは、リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて・・・使用させる」と記載されているところからみて、本願発明における動作モード不変とは、モード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードが不変であるということである。そして、この選択されたモードが第2ステップのモードであることは明らかである。

前記のように、本願発明の第2ステップは先願発明における第2ステップに相当する。そして、先願発明における第2ステップのモードとは、通常動作モードとテスト・モードであり、この2つのモードを選択しているのは、テスト・モード・フリップ・フロップである。このテスト・モード・フリップ・フロップはリセット期間終了後はその状態を変えることができないから、テスト・モード・フリップ・フロップで選択された通常動作モードあるいはテスト・モードは、リセット期間終了後はそのモードを変えることができないこととなる。

このように、先願発明はリセット期間終了後において動作モード不変であるから、モード変更される旨の原告の主張は理由がなく、これを前提とする取消事由(3)〈1〉は理由がない。

〈2〉 先願明細書及び図面の記載からみて、テスト・モード・フリップ・フロップ17は信号TESTによりその状態が定められて、テスト・モードあるいは通常動作モードのいずれか1つのモードの選択をしており、リセット信号RESETが論理「1」となったときはノア回路19-1、19-2が閉じられるので、テスト・モード・フリップ・フロップ17はその状態を変えることができないこと(甲第4号証第2図)、及びリセット信号RESETが論理「1」のとき信号TESTの状態に応じてROMダンプモードあるいは外部インストラクション印加のモードのいずれか1つのモードが選択されるものであること(同号証第3図)からすると、先願発明においては、信号TESTを第2ステップと第3ステップのモードを選択する信号として兼用して(選択する信号を印加する入出力端子も兼用することになる)いるのであり、信号TESTを直接制御部16に入力するのは、第3ステップであるROMダンプモードあるいは外部インストラクション印加のモードのいずれかを選択するためであることは明らかである。

そうすると、先願発明は、テスト・モード・フリップ・フロップ17にストアされない信号TESTを直接に制御部16に入力して、モード選択信号として用いる点で本願発明と相違している旨の原告の主張は、本願発明と先願発明との比較を、先願明細書にのみ記載された第3ステップに展開する手段に言及して行った上で、本願発明では第3ステップに展開する手段を有していない点で相違していると主張していることになる。

しかし、本願発明と先願発明との同一性につき論ずるのであるならば、本願発明において展開されていることが明らかな第2ステップのモードまでにつき比較することによって、両者の同一性について論ずべきであって、本願発明においては比較すべき対象が明らかでない第3ステップ及び第3ステップに展開する手段につき論及することは意味のないことであって、取消事由(3)〈2〉は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、次の事実が認められる。

データプロセッサを種々応用するには、その入出力回路を柔軟にしてあらゆる用途に適するようにプログラムしなければならず、従来例としては、処理中にICメタル接続を変更する複数個のマスクオプションを使用して、特定のメタルマスクによりICデータプロセッサを所望の構成とするものがあった。しかし、この従来例は、各オプションが別々のICとなるため、製造、試験、管理などの面でコスト高となるという難点があった。他の従来例は、プログラムのソフトウエアプログラマブルとし、プログラムメモリ中に命令をストアし、この命令を実行することによって当該データプロセッサの入出力回路を所望の構成とするものであるが、この手法は、プログラムメモリの所要ストレージロケーション数を増加させるという欠点がある。第3の従来例は、入出力回路構成用のプログラム選択入力部を分離して設けることにより、動作モードをハードウエア・プログラムするものであるが、この方法も、IC回路に動作モード決定用の余分なパッヶージピンを必要とする点でコスト高となるものである。

本願発明は、マスクオプションも、余分なソフトウエアも、余分なICパッケージピンも必要としない、データプロセッサ用動作モード選択回路を提供すること、データプロセッサがパワーアップ又はリスタートされたときにデータプロセッサの動作モードを選択する回路を提供することを技術課題として、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものである。

3  取消事由に対する判断

(1)  取消事由1について

〈1〉  当事者間に争いのない請求の原因1の事実、ならびに前掲甲第2号証、成立に争いのない甲第号3証(手続補正書)、第8号証(特許異議申立補充書)及び第9号証(特許異議答弁書)によれば、富士通株式会社は、本件審判請求後になされた本願についての出願公告に対して特許異議を申し立て、特許異議申立補充書を提出して、本願発明は先願発明と同一であることを理由に、本願発明は特許法29条の2の規定により拒絶されるべきである旨主張し、先願明細書と内容同一の特開昭54-161860号公報(甲第4号証)の写しを提出したこと、原告は、富士通株式会社の特許異議申立書及び特許異議申立補充書の各副本と上記公報の写しの送達を受けて、手続補正書を提出するとともに、本願発明と先願発明とは同一でないことを主張する特許異議答弁書を提出したこと、審判官は、本件拒絶審決をするに先立ち、原告に対し拒絶理由を通知しなかったことが認められる。

ところで、拒絶査定不服審判の請求後に特許異議が申し立てられ、審判官が特許異議申立ての理由と同じ理由及び証拠により特許出願を拒絶すべきものと判断した場合において、その理由について審判官により拒絶理由として通知されていないときであっても、特許異議申立ての理由が記載された書面の副本が特許出願人に送達されている場合には、特許出願人は意見書を提出して意見を述べ、願書添付の明細書又は図面を補正することもできるのであるから、審判官は、特許出願人に対し改めて拒絶理由を通知する必要はないものと解するのが相当であるところ、原告は、特許異議申立ての理由と審決の理由とが実質的に異なっている旨主張するので、この点について検討する。(なお、特許異議申立て及び審決において、本願発明は特許を受けることができないとした根拠条文及び引用した証拠が同じであることは、当事者間に争いがない。)

〈2〉  特許異議申立補充書(甲第8号証)には、本願発明の「モード選択信号発生器100」は先願発明の「ノア回路19-1、19-2」に相当する旨記載されているところ、原告は、審決の理由では上記「モード選択信号発生器100」は先願発明の「テストモード制御部16」に相当するものとして対比されている旨主張する。

しかしながら、審決は、「本願発明の『モード選択信号発生器により選択された複数のモードのうちの1つのモードにて動作可能なデータプロセッサは、先願明細書に、テストモード制御部により、稼働状態のモードとテスト・モードのうちの1つのモードにて動作可能なワンチップ・マイクロ・コンピュータとして記載されており、」と説示しているように、本願発明の「データプロセッサ」が先願発明の「ワンチップ・マイクロ・コンピュータ」に相当するものとして対比するに当たり、本願発明の「モード選択信号発生器」と先願発明の「テスト・モード制御部」とを持ち出しているだけで、必ずしも「モード選択信号発生器」と「テスト・モード制御部」を直接対比したものでない。審決は、本願発明の「モード選択信号発生器」が先願発明のどの部材に相当するかを明示的には摘示していないが、「本願発明の『モード選択信号発生器は、リセット端子に印加されるリセット信号の印加時に入出力端子を経由してストレージ回路にモード選択信号を印加する』ことは、先願明細書に、信号TESTは入出力ポート15上に存在する1つまたは複数個の任意の端子に信号を与えることによってワンチップ・マイクロ・コンピュータ内でつくられること、・・・として記載されており、」と認定し、また、先願発明における信号TESTをモード選択信号と同義であると認定していることからすると、審決が、本願発明の「モード選択信号発生器」を先願発明の「テスト・モード制御部」に相当するものとして対比しているとは認められない。審決の上記認定によれば、審決は、先願発明においては「ノア回路19-1、19-2」への入力信号である信号TESTからモード選択信号が発生するものと把握しているものと認められるから、本願発明の「モード選択信号発生器」に関して、先願発明の「ノア回路19-1、19-2」に相当するとした特許異議申立ての理由とは相違していることになるが、この程度の相違は当業者であれば予測し得る範囲内のことというべきであって、原告に意見開陳の機会を与えるべく拒絶理由通知を必要とする程度の相違であるとまでは認められない。

〈3〉  本願発明の「リセット回路106」について、特許異議申立補充書には、「『RESETはリセット信号であって論理「0」のときワンチップ・マイクロ・コンピュータ1がリセット状態に置かれるもの』との記載より、甲第1号証(注 本訴の甲第4号証)第1、2図のマイクロプロセッサが本発明の『リセット回路』に相当する回路を具備することは明らかである。」と記載されている。一方、審決の理由では、「本願発明の「リセット端子に印加されたリセット信号に応答してデータプロセッサをリセットするリセット回路』は、先願明細書に、ワンチップ・マイクロ・コジピュータをリセット状態におくリセット信号端子、及び信号RESETが論理「0」にある間、ワンチップ・マイクロ・コンピュータが非稼働状態にあることとして記載されており、」と認定している。

このように、特許異議申立ての理由では先願発明のワンチップ・マイクロ・コンピュータは本願発明のリセット回路に相当する回路を具備していると主張しているだけであるが、このような主張があり、また引用された証拠をみれば、当業者において、先願発明のワンチップ・マイクロ・コンピュータが本願発明のリセット回路に相当する回路を具備していると理解することは容易になし得ることというべきであって、審決が上記のような認定をするについて拒絶理由通知をもって明らかにしておく必要があるものとは認められない。

次に、審決は、本願発明における「モード選択信号発生器は、リセット端子に印加されるリセット信号の印加時に入出力端子を経由してストレージ回路にモード選択信号を印加する」こと、及び「ストレージ回路は、リセット信号に応答してモード選択信号をストアする」ことは、審決の理由に摘示のとおり、先願明細書に記載されているとしている。

ところで、特許異議申立補充書には、「甲第1号証第2図のテスト・モード・フリップフロップ17は本発明の『ストレージ回路』に相当し、・・・同証のノア回路19-1、19-2は本発明の『モード選択信号発生器』に相当している。即ち甲第1号証第2図において、リセット信号RESETを論理「0」(リセット状態)として信号TESTを論理「0」とすると、テスト・モード・フリップフロップ17がセットされて、」と記載されていることからも明らかなように、特許異議申立ての理由では、本願発明の「モード選択信号発生器」及び「ストレージ回路」について、それぞれ先願発明の「ノア回路19-1、19-2」及び「テスト・モード・フリップ・フロップ17」と対比し、それらの機能についても主張しているのであって、これらの点の対比関係が審決における上記対比関係と実質的に相違しているとは認められない。

〈4〉  特許異議申立補充書には、「甲第1号証第3頁下段左欄第14行~第19行には、『一方信号TESTは例えば入出力ポート15上に存在する1つまたは複数個の任意の端子に信号を与えることによってワンチップ・マイクロ・コンピュータ内でつくられる』と記載されている。即ち同証第2図において動作モードを指定する信号TESTは通常の入出力端子を介して入力されており、且つこの入出力端子はリセット期間終了後は本発明の如く通常の『入力端子』として使用しうることは明らかである。」と記載されており、特許異議申立ての理由では、本願発明と先願発明との相違点(先願発明における入出力ポート15上の端子がリセット期間終了後に通常の入出力端子として使用されているか否かという点)を取り上げ、その点について上記のとおりの主張をしているのであるから、本願発明と先願発明とが同一であるとの結論を得るについて、特許異議申立ての理由と審決の理由とが実質的に相違しているものとは認められない。

〈5〉  以上のとおり、特許異議申立て及び審決において、本願発明は特許を受けることができないとした根拠条文及び引用した証拠は同じであり、特許異議申立ての理由と審決の理由との間に原告主張の実質的な相違もないから、審判官が、本件拒絶審決をするにつき、原告に対し拒絶理由を通知しなかったことが、特許法159条2項により準用される同法50条に違反するということはできない。

したがって、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

〈1〉  審決の理由の要点(2)、(3)〈2〉、〈3〉、及びモード選択信号が経由される入出力端子に関して、本願発明はリセット期間終了後は通常の入出力端子として使用させるのに対し、先願明細書には入出力ポート15上の端子がリセット期間終了後に通常の端子として使用されることが明記されていない点で相違していること、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一ではなく、また、本願出願時において、その出願人が先願発明の出願人と同一でないことは、当事者間に争いがない。

そこで、先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子を、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用しているか否かについて検討する。

〈2〉  まず、本願特許請求の範囲に記載の、入出力端子を「通常の入出力端子として使用させる」の技術的意味について検討する。

本願明細書には、入出力端子を「通常の入出力端子として使用させる」の技術的意味について直接明示する記載はないが、本願発明の特許請求の範囲中の「リセット信号の印加時に入出力端子6を経由して前記ストレージ回路4に前記モード選択信号を印加する」、「リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて、前記入出力端子6を通常の入出力端子として使用させる」との各記載、ならびに本願明細書の発明の詳細な説明における「第3の従来例は、・・・この方法も、IC回路に動作モード決定用の余分なパッケージピンを必要とする点でやはりコスト高となる。本発明は、・・・余分なICパッケージピンも必要としない、データプロセッサ用動作モード選択回路を提供するものである。」との従来例の欠点及び本願発明の目的に関する記載によれば、リセット期間終了後において、入出力端子を「通常の入出力端子として使用させる」とは、モード選択信号の入出力端子としてではなく、選択されたモードにおけるデータ信号の入出力端子として使用することを意味するものと認めるのが相当である。

被告は、本願発明の特許請求の範囲に記載の「通常の入出力端子として使用させる」について、リセット期間終了後はあらゆる信号の授受に用いる端子として使用する態様を、「通常の入出力端子として使用させる」として本願発明の特許請求の範囲では表現しているのであって、特許請求の範囲の部分で、選択された第2ステップのモードにおける入出力端子の使用態様を特定しているのではない旨主張している。

しかしながら、上記「リセット期間終了後はモード選択回路202からのモード選択信号により選択されるモードにて、前記入出力端子6を通常の入出力端子として使用させる」との記載を、「リセット信号の印加時に入出力端子6を経由して前記ストレージ回路4に前記モード選択信号を印加する」との記載と対比すると、リセット期間終了後における入出力端子の使用態様を、被告がいうような入出力端子の一般的な使用態様としてではなく、特定したものとして規定しているものと認めるのが相当であること、本願発明に係るデータプロセッサの本来の使用目的はデータの処理であるから、モード選択信号の入出力端子として用いる場合も含めて「通常の入出力端子として使用させる」と規定するとは考えられないこと、上記「リセット信号の印加時に入出力端子6を経由して・・・モード選択信号を印加する」、「リセット期間終了後は・・・入出力端子6を通常の入出力端子として使用させる」との記載から、被告がいうように、第1ステップのモード時においてリセット期間のみ入出力端子をモード選択信号を印加する端子として使用する態様を、通常ではない入出力端子の使用としているものと解釈できるとしても、そのことから、リセット期間終了後の「通常の入出力端子として使用させる」ことが、あらゆる信号の授受に用いる端子として使用する態様を意味するものとはいえないことからすると、被告の上記主張は採用できない。

〈3〉  ところで、先願明細書に「RESETはリセット信号であって論理「0」のときワンチップ・マイクロ・コンピュータ1がリセット状態に置かれるもの、TESTはテスト信号であって信号RESETが論理「0」の状態にあるもとで論理「0」とされるときワンチップ・マイクロ・コンピュータ1がテスト・モードに置かれるものを表わしている」、「ワンチップ・マイクロ・コンピュータ1が稼動状態にある場合、上記リセット信号RESETは論理「1」にセットされる。・・・フリップ・プロップ17がセットされたままの状態で信号TESTが論理「1」にされることなく信号RESETが論理「1」とされるとき、第2図図示のテスト・モード制御部16はマスクROMダンプのモードに置かれる。・・・マスクROMダンプのモードにした後に信号TESTが論理「1」にされるとき、第2図図示のテスト・モード制御部16は外部インストラクション印加のモードに置かれる。」、及び「また上記第3図(A)や(B)図示のテスト・モード状態をクリヤする場合、第3図(C)図示の如く信号RESETを一旦論理「0」におき、この間に信号TESTが論理「1」の状態をつくり、次いで信号TESTが論理「1」の状態のままで信号RESETを論理「1」にするようにする。このようにすることによって、第2図図示のノア回路19-2が論理「1」を発し、フリップ・フロップ17をリセットする」と記載されていることは当事者間に争いがない。

上記記載によれば、先願発明では、本願発明のリセット信号印加時に相当する信号RESETが論理「0」の状態で、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされるとテスト・モードとなり、リセットされるとテスト・モードが解除され、テスト・モード以外のモード、すなわち通常の動作モードになるものであり、本願発明のリセット期間終了後に相当する信号RESETが論理「1」の状態においては、テスト・モード・フリップ・プロップ17がセット状態であれば、テスト・モードであり、リセット状態では通常の動作モードに設定されることになるものと認められる。

〈4〉  そこで、リセット期間終了後、すなわち信号RESETが論理「1」の状態における、先願発明の信号TEST入出力に使用されている入出力ポートの端子(入出力端子)の使用状態についてみると、前記のとおり、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされた状態か否かでテスト・モードかテスト・モード以外のモード、すなわち通常の動作モードのいずれかが設定されているわけであるから、テスト・モード・フリップ・プロップ17がリセットされた状態、すなわち通常の動作モードでは、信号TEST入出力に使用されていた入出力ポートの端子は、ワンチップ・マイクロ・コンピュータ内で信号TESTを論理「1」に固定する必要はあるものの、通常のデータ信号の入出力に使用することができるものと認められるから、この場合は、「通常の入出力端子として使用」しているということができる。しかしながら、テスト・モード・フリップ・プロップ17がセットされた状態では、前記のとおり、信号TEST入出力に使用されていた入出力ポートの端子は、さらにモード設定用端子として、すなわち、信号TESTが論理「0」のときは第1のテスト・モードであるマスクROMダンプのモード設定に使用され、論理「1」のときは第2のテスト・モードである外部インストラクションのモード設定に使用されるわけであるから、入出力ポートの端子をこのような状態で使用することを、前記〈2〉に述べた意味での「通常の入出力端子として使用」させているということはできない。

被告は、マスクROMダンプモードにおいて入出力ポートの端子を外部インストラクション印加のモードとの切換えに用いている点について、テスト・モード、通常動作モードのいずれかを選択することを目的とする使用態様ではなく、リセット期間中の使用態様でもないから、通常ではない入出力端子の使用態様とすることはできず、また、入力専用端子あるいは特定の専用端子として使用しているにすぎないから、通常の入出力端子としての使用である旨主張する。

しかし、マスクROMダンプモードから外部インストラクション印加のモードへの切換えはモード変更であって、このモード変更をもたらす信号はデータ信号ではなくモード選択信号であり、また、「通常の入出力端子として使用」するとは単に入力専用端子、出力専用端子あるいは特定の専用端子として入出力端子を用いることのすべてを指しているわけではないから、マスクROMダンプモードにおける入出力ポートの端子の使用態様を通常の入出力端子としての使用ということはできず、被告の主張は理由がない。

また、被告は、先願発明において、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルに関わらず第2ステップのモードが変更することはなく、また、本願発明と同一の発明が先願明細書に記載されているか否かを対比判断するに当たっては、第2ステップのモードまでしか対比できないのであるから、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でも良いとした審決の判断に誤りはない旨主張する。

しかし、ここで問題としていることは、先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子をリセット期間終了後も通常の入出力端子として使用しているか否かということであり、したがって、先願発明と同一の発明が先願明細書に記載されているか否かを対比検討するために第2ステップまでのモードについて対比すれば足りるということではないものというべきところ、前記のとおり、先願発明の入出力ポートの端子は、リセット期間終了後、テスト・モード・フリップ・フロップ17がセットされた状態では信号TESTが論理「0」のときはマスクROMダンプのモード設定に使用され、論理「1」のときは外部インストラクションのモード設定に使用される、すなわち、信号テストが論理「0」から論理「1」に変化したときに、マスクROMダンプのモードから外部インストラクションのモードに変化するのであるから、リセット期間終了後は信号TESTの論理レベルは「0」でも「1」でも良いとした審決の判断は誤りであって、被告の上記主張は理由がない。

〈5〉  以上のとおりであるから、先願発明も、モード選択信号が経由される入出力端子を、リセット期間終了後は通常の入出力端子として使用しているものと認めることができるとした審決の認定は誤りであり、取消事由2は理由がある。

そして、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例